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2009年5月

街角に立ち止まり、風を見送った時

今日は、フランチェスカが研修準備のため、午後ゆっくり過ごす。
チロルは、明日運動会のため、学校へ。
久しぶりに、スポーツクラブの後、一人で午後の少しの時間を過ごした。

とは言っても、エアロの後だったせいか、布団に横になっていたら、ウトウトしてしまった。
熟睡したわけではないが、まどろみ、って感じだろうか?

仕事は、昨日でひと段落したようだ。
締め切り、締め切りに追われる日々。
昨日は、ある調査の締め切りで、文部科学省に報告をしなければならなかった。
僕と同じ業種の人は、日本中の人が同じ仕事をやっており、皆てんてこ舞いだったはずだ。
昨日、意外に早く片付き、ほっと胸をなでおろす。
本当に終わるんだろうか、と言った強迫観念に数日間追われていた気がする。

明日は、チロルの運動会。
チロルが幼稚園時代までは、早起きして場所取りをしていたが、今年は、そんなことはしない。
早く行っていい場所を取っても、毎年、いい場所は日が当たりすぎて、結局移動することになるからだ。
それなら、シートもコンパクトなやつを持参し、移動が簡単に出来るよう準備したほうがよい。
どうせ、昼食は、教室か体育館らしいし。

今年の夏の、釜山、楽しみだ。
釜山は一番身近な海外であるが、一番最初にあそこに訪れた時は、九州の対岸にあんなところがあるのか!と感動した記憶がある。
釜山に行く時は、偶然であるが、いつも自分の中に課題を抱えている気がする。
課題だったり、問題だったり、その時によって違うが、僕の場合、人生の節目にいるとき、釜山に行きたくなるようだ。
今回も、ある意味人生の節目かな?と思う。
快活な街の人ごみの中で、色々今後の人生観について考えてみたい。

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誰かが気になりだしてから

初夏だと言うのに肌寒い一日だった。

今、仕事がピークに忙しい。
今日は早く帰るつもりだったが、なんだかんだと残業になった。

僕は基本的に仕事は定時に終わらせることに賛成である(みんな普通そうかな?)
特に僕みたいな超事務系の仕事は、一日中デスクに座りっぱなしで書類と格闘である。
あまりにも、机に座っていることが多く、エコノミー症候群になりそうな勢いだ。
半年前は対外的な仕事が多く、アレコレと立ち回ることが多くて、それはそれでストレスだったが、今は出勤する時、「ああ、今日も長い一日が始まるのか・・・」と言うネガティブな感覚で一日が始まる僕だ。

それはそうと、最近早く寝る習慣がついている。
もともとはチロルを早く寝かせようとして、習慣づいたことだが、僕とフランチェスカの間でもブームだ。
できれば、早く起きてトトとムームの散歩にでも行きたい。
寝るのは早いが、起きるのはギリギリと言う皮肉な現実である。

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中島みゆき

最近、我が家では中島みゆきブーム(と言うより、僕の気まぐれ)。
僕が40歳を迎えた頃から、何故か彼女の曲を聴きたくなった。

中島みゆきは、僕がまだ小学校の頃「悪女」と言う歌が大ヒットし、当時クラスメイトの子たちも好んで聴いていた気がする。
それまで、アイドル畠の音楽しか耳にしなかった子どもたちにとって、このような大人の歌と言うのは、新鮮に感じたに違いない。
中学生になった僕も一時的に聴いてはいたが、僕はどちらかと言うと、ユーミンとか山下達郎にハマリ、青春時代から今に至るまで、中島みゆき自体を好んで聴くことはなくなった。

それがどういう風の吹き回しか、最近、ふと耳にした彼女の曲がとてもしみじみと胸に入っていった。
そういう音楽が理解できるようになったのか、もしくは精神的なものか、ちょっとわからないが。
それで、ここ1~2週間レンタルCDを借りてきては聴き入っている。

料理をする時や、くつろいでいる時に、中島みゆきを流すと嫌がるフランチェスカ。
「また、中島みゆき~?」と言われる。
それも、そのはずだ。
ここ最近、中島みゆきしか聴いていない。

ちなみに、彼女の「生きていてもいいですか」と言うアルバムを聴いていると、チロルが「この曲好き!」と言った曲がある。
それは、アルバムに収録されている「うらみ・ます」と「エレーン」と言う曲。
チロル、渋すぎ。

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黙ったまま流れる午後

上海旅行から帰ってきたばかりなのに、もう夏の旅行の予約をしてしまった。
今度は韓国釜山。
昨日よく考えてみたら、この10年で僕は釜山を訪れるのは5回目になる。
1回目は、まだ独身の頃。
現在、上海在住のキリンジさんと年末年始に訪れた。
その時、止まったホテルが、三和観光ホテル。

結婚直前にフランチェスカと初めて旅行したのも釜山で、やはり三和観光ホテルだった。
何故かと言うと、その頃は、まだ僕の中ではツアー形式の旅行はあまり利用したことがなく、キリンジさんの時も、フランチェスカとの旅も高速船ビートルのチケットを買い、ホテルは独自で予約していた。
(ちなみに三和観光ホテルは、キリンジさんからのオススメ)
早い話、旅行なんてそれまで滅多にしなかったので、観光地が全部組まれているツアーを利用すること自体、よく理解していなかった。
僕の頭の中では、『ツアー』イコール『年寄り』と言う偏見があったと思う。

次に釜山に訪れたのは、チロルが生まれて10ヶ月経ったクリスマスの時だ。
この時は、釜山一のリッチなホテル、『ロッテ』に泊まる。

何故、豪華なホテルに貧乏人の僕らが泊まれるかと言うと、格安のツアーを利用するようになったのだ。
間に新婚旅行を経験している僕らは、新婚旅行以来、もっぱらツアーに頼るようになった。
ツアーが意外に便利だと言うことを知る。
わずらわしいチケットの手配や、わざわざ海外まで電話をしてホテルを予約すると言うことをしなくてよい。
(当時、ネットはそこまで普及していなかった)
また、その頃からツアーはツアーでも、観光地巡りなし、ホテルと航空チケットのパック形式のツアー、つまり『フリープラン』と言うスタイルが増えてきたと思う。
今でこそ、そんなのは珍しくないが、その頃、それが出てきた時は画期的だったと思う。

バブル崩壊後、不景気と同時にもたらされたアジアブーム。
それまでの、パリだ!ハワイだ!ニューヨークだ!と言うようなリッチな感覚や「海外旅行は一生に一度」(ちょっと古すぎるかな?)と言う、ちょっと敷居の高い概念が変化してきており、「海外行くなら、週末に近場で、安く済ませましょ」と言った雰囲気になってきたと思う。
そして付け加えて言うなら、「一生に一度」ではなく、「好きなところに、気軽に、何度でも」と言った感じの雰囲気が主流になってきたようだ。
これは、あくまで僕の推測であるが、この『フリープラン』のツアーは、日本人が旅慣れしてきており、一度行って気に入ったら、また2回目、3回目訪れると言ったライフスタイルを象徴しているようなことのように思える。

『フリープラン』のよさは、格安で豪華なホテルに泊まれることだ。
自分たちで、チケットを手配して、格安ホテルを見つけるより、もっと格安だった。
韓国のロッテもそうであるが、昨年両親と行った上海の『ホテル・オリエンタル・リバーサイド』など、まともに宿泊するなら、ツアー自体の料金より遥かに高いのだ。

話をもとに戻すと、今年の夏、予定している釜山は、実は、僕らのツーリストスタイルが過去にもどるようだが、航空券を自分たちで手配し(と言っても、実際に手配するのは旅行代理店だが)、自分たちでホテルを予約する(と言っても、昔のように現地に電話するのではなく、ネットで予約。いや~便利になりましたね。)と言った方法だ。

何故、わざわざ古いスタイルで手配をしたのか?
それは、今回偶然、あることに気づいた。

1.釜山のように極端に近隣の海外だと、本来のチケットそのものが高くない。
2.韓流ブーム以降、韓国は日本で最も人気の海外で、ツアーの予約が困難。
3.それによって、格安と言え、ツアー自体の金額が高くなっていた。

これらのことは、本当に偶然、そして発見だった。
釜山に関して言えば、ホテルそのものも航空券も本来そんなに高くなく、繁忙期の航空運賃の値上げも他の都市に行く値上げ幅に対し、随分、ゆるやかなのだ。
恐らく近いせいだろう。

また、今やネットで、自由にホテルが予約できるご時世。
ネットでの予約は割り引きがあることが常識。
そして今回、アレコレ調べているうちに、ついに、懐かしい三和観光ホテルを見つけた!
で、なんと3度目の三和観光ホテルに宿泊することに!

「三和観光ホテル」は今、改装して「スー観光ホテル」と名前が変更になっている。
(キリンジさんはご存知だろうか)

前回と違うのは、今回はなんと!リッチに「スイートルーム」を予約した僕ら。
「スー観光ホテル」と言えども「スイート」はスイート」
浴室も、ホテルにありがちなシャワー&バスタブではなく、なんとジャグジー付きだ。
部屋は、オーシャンビュー&シティビュー(のはず)。
また、部屋には靴を脱いで入るシステムで、板張りの広いリビングがあり、別室にダブルベッドが2つ!と言った豪華さ(写真で見る限り)。
これで、3人分、3泊で¥22,500と言う破格の値段!
航空券合わせても、家族3人分で、10万円以下。
一人あたり、3万円弱!
なんか、達人になった気分の僕だ。

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写真で見た波止場に着く頃は

最近、更新を怠っていた。

最近のニュース。
なんとフランチェスカが腰を悪くし、身動きが出来ない状態になった。
日曜日、針を打ちに行ったが、治りがイマイチ。
月曜日は、僕がついに仕事を休み、フランチェスカの介護(?)にあたった。
何故かと言うと、腰が痛いということを通り越して、身動きすら出来ないのである。
やっとの思いでチロルを小学校に送り出し仕事場に電話。
同じ事務所の人に、その日必要な最低限の仕事を伝え、すぐにフランチェスカを針打ちに連れていった。

広告など一切出さず、まるで口コミだけで人が集まってくるような場所。
腕は確かなのだろう、と思った。

家に帰って来てからは、絶対安静とのことなので、フランチェスカを休ませる。
と、思っていたら自分がぐぅぐぅ眠っていた。
おかげで日ごろの疲れた取れたようだ。

夕食まで時間があったので、手の込んだ料理を作った。
先日買ったデミグラスソースでビーフシチューをつくり、マナガツオのプロバンス風煮込みだ。

そうそう、今年の盆休みには、韓国旅行を計画した。
大型連休に既に、本格的な旅行をしているので、夏は比較的近場でお金のかからない場所にした。
詳細は後日。
今回は、近場であるが、旅行会社を通さず、自分たちで航空券とホテルを予約した。
これは結構冒険である。
独身時代は、よくやっていたが、子どもが出来てからはもっぱら格安ツアーに頼っていた。
今回、何故、ツアーにしなかったかと言うと、釜山の場合、自分たちで手配したほうが、安かったのだ!

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夏へ急ぐ空

ここ数日で、本当に暑くなった。
夏はもうあと一歩だ。
初夏と言うには、熊本は少々暑さが厳しいようだ。
今日から、半袖シャツで出勤した。

最近ダラダラと夜遅くまで起きているので、朝が辛い。
今日こそ、早く寝ようと思う。
キツさと仕事へのモチベーションは見事に反比例するから、ぐっすり休むことが不可欠。
また、この歳になったら、朝バタバタと出かけるのがなんとも辛い。
朝こそ、ゆっくりして出勤したいものだ。

あと2日行けば、また週末。
そんなことばかり考えて過ごす毎日だ。

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早引けをしたい、そんな午後です

今日は、早引けをした。
理由は、アレルギー症状がひどく、これ以上我慢が出来なくなったのだ。
花粉症の尾を引いているが、花粉もここまで来るともう公害だ。
病院に行って薬をもらったが、春が来るたび一生薬を飲み続けなければならないのだろうか?
そう思うと暗い気分になる。
手術でアレルギーが改善できる話を同じスポーツクラブのマコちゃんから聞いたが本当だろうか?
いっそ、手術でもしたい気分だ。

今日早引けをしたおかげで、チロルを学童保育まで迎えに行き、早めの夕食が食べられた。
最近の我が家のメニューは、和食中心のプチ居酒屋風。
僕のダイエットも兼ねてだ。
もう、これ以上太ってしまうと、元の原型がわからなくなるような恐怖感を抱いた僕は、ある日突然ダイエットを目指す。
ただ、和食にしたはいいが、やはり好きなのは天ぷらとかカロリーが高いものばかりだ。
僕は、見た目そんなに太ってはいないが、コレステロール値が高い。
これは改善しないと、成人病まっしぐら。
歳をとって、チロルに嫌がられながら、介護を受けるのはまっぴらだ。
幸い今の時代は、CTとかMRIとかあって、脳機能など、病院に行けば、今の状態がわかる。
少々金はかかるが、今度給料が出たら、フランチェスカと一緒に一度、絶対脳の検査に行こう。
どうして、そんなに脳にこだわるかと言うと、僕の父が、脳梗塞をやらかしたことがあるので、他人事ではないのだ。
脳梗塞でやられた脳は、再起不能、その部分は死んでしまうらしい。
だから脳の別の部分を使ってその機能を回復させるリハビリがあるようだ。

今日、めざましテレビで森光子さんを見た。
89歳だと言う。
あそこまでなると、もうモンスター(失礼)の域かも知れない。z

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TRANSIT

また、旅行のことを考える。
旅行が終わると、次の計画をすぐに立てたくなる僕の性格。
今年は、出来れば、あと1回行きたい。
そう思いながら、昨日インターネットで、HISとか阪急交通社のサイトを見ていたら、明け方まで見てしまった。
行けそうだな、と思ったのは、HISでは、韓国の釜山。
阪急では、台湾。
でも、台湾の場合は、休みを2日くらい取らないと無理のようだ。
もし、休みが取れそうなら、台湾、取れないようだったら釜山にしよう。
予算は、今回の旅行の残額と定額給付金と、残業代などでまかなおう。

今は、旅と旅の合間もTRANSIT。
う~ん、我ながら、いい響きだ。
この気分でこれから乗り切りたい。

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サイレンに送られて遠ざかる

ふと、人生について考える。
ここ数年、いろんな人が亡くなった。
こんなに元気だったのに、と思う人とかもいた。
芸能人でもいろんな人がなくなった。

他界すると言うことは、その言葉通り、この世でない世界に行くということだろうか。
人の命の儚さを、実感させる今日この頃である。

自ら命を絶つ人も今の日本では、年間3万人を超す。
そこには様々な要因がある。
誤解を恐れずに言えば、自殺をすることは、殺人と同じように、カッとなってそうなってしまうか、もしくは精神障害に病んでいてそうなってしまうか、いずれかのパターンがあると思う。
もし、誰かが自殺したと言うことを耳にした時、その人に対し「何も死ななくても良いのに」と思えると言うことは、今、自分自身の心が健全な状態にあり、日常が平穏であることの証拠である。

急がなくても、死は確実にやってくる。
僕たちを取りまくあらゆる事柄が幻か真実か、嘘か真か、あいまいな世の中で、死だけは確実である。
死への準備と言うと、大袈裟に思えるかも知れないが、今の日本では、その教育がなされていない。

死については、僕は僕なりの哲学を持っているつもりであるが、いざ、生死をさまようことに遭遇する場合は恐らく、じたばたするに違いない。

話がそれてしまったが、端的に言うと、このように僕たちの命は儚いものだと言うことである。
だからこそ、息をしている今は、それだけで幸せである。
不幸な境遇にいる方々が、もし「幸せ」と言う言葉に対し不適切に感じるなら、「生きていることは、これからも可能性があること」と言い直そう。

僕は、この一年、昨日まで話をしていた人が亡くなるということを2回体験した。
体が悪かったわけでもない。
その2人の死を通じて感じたことは、僕たちの命と言うのは、この自然界においては、その他の動物と同じように、いつ死ぬかわからない宿命を背負っていると言うことである。
倫理とか道徳とか人間性とか言う概念は、そのような自然界の宿命とは別であって、人間が長い歴史のなかで培ってきた思想である。
命と言うのは、そのような思想的なものとは違い、遥かに動物的でそして絶対的で、僕たちが他の動物と同じようにひとつの生命体であることの証拠であるような気がする。

だからこそ、今生きている現実を大切にしなくてはならない。
人間は他の動物と違い、子孫を残すことと同じように、考え方や人間性をもって自分自身の歩んだ道のりが、残された人に影響することがある。
それが意識的か無意識のうちか、それは受け取る側の問題かもしれないが、いずれにせよ自分の生き様が受け継がれていくということは、素晴らしく、そして悲しいものである。

せっかく与えられた人生。
何のために生きているのか、もしそのようなことに迷うような時でも、呼吸をするその瞬間にも、生きている価値があると思いたい。

そのことを決して忘れることなく、日々、いかに楽しく生きていくか、それだけに情熱を傾けたい。
そして、優しさと思いやりを持って人と接すること。
シンプルであるが、そのことが一番大切であり、自分自身を見失わない秘訣のような気がする。

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まるい窓に額寄せ、さよなら・・・

5月5日

最終日。
ホテルで朝食をとった後、空港へ。
ガイドが、烏龍茶のウーさんでなかったことが残念だった。

あっと言う間の3泊4日。
また来たい。
今回発見したことは、僕らが泊まったホテルの近くの界隈がもともと日本人租界地で、日本の名残のある建物や寺などがあるとのこと。
その地域が元日本租界だとは知っていたが、じっくり観れば、面白いものがある、と言うことは知識としてなかった。
フランチェスカに、「また今度上海にしよう!」と言ったら、何度も同じところばかりでは嫌だと言う。
上海はしばらくお預けになりそうだ。

全体的な感想。
基本的に、旅先では、人の集まるところより、地元の人が集う場所のほうが面白い、と言うことだ。
そんな意味では、今回もそのような場所には行けなかった。
どうしても、有名なところが華やかで、思わずそっちに気が取られる。
今回終りのほうのように、地元のスーパーだとか日用品などを扱う場所をいつも終りのほうに見つけ、「あと一日あれば」と思うことの連続である。

今度、いつどこに行くかまだはっきりとした予定はないが、僕の気持ちでは、これまで訪れた場所を訪ねよう。
そして、本当にそこで暮らす人々が集う場所を中心にぶらぶらしよう。
旅をすると言うことは、本来そこに住む人々の息遣いを感じることに意味がある気がする。
勿論世界遺産も魅力があるが、人々が日常的に行き交う活気のある場所、そこにこそ、旅先の魅力はあるはずだ。
それを突き詰めて考えると、結局、旅人としてそこに住む人々の営みを見ることで、より深く自分自信の生活を振り返っているのかも知れない。
だから旅路が終わる頃、ほっとするのかも知れない。
ちょっとうらやましい気持ちで、知らない街の人々の生活を見るように、今生きる自分の生活こそ、大切な家路なのだと、いつも実感する。

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乾杯には深い色の葡萄酒

5月4日

上海4日目。
今日は、朱家角と言う上海近郊の水郷古鎮を訪れる日である。
旅行前に上海ナビと言うサイトであらかじめワゴン車を予約していた。
朝8時に運転手がロビーに迎えに来た。
一応8時間と言う約束であるが、恐らく8時間もかからないに違いない。
そんなことを考えながら、車に乗り込む。

ガイドなし、車のチャーターのみのこの予約は、8時間借りて、10,300円。
破格の安さだと思う。
3年前、自力で現地チャーターしても同じくらいの金額がかかった。
おまけに今回は7人乗りのワゴン。
フランチェスカとチロルと僕の3人で貸切。
快適さこの上ない。
都心から離れるとすぐに農村地帯になった。
のどかな田舎の風景を見ているうちにあっと言う間に朱家角に着いた。
ホテルから50分と言う近さ。

車から降りると、運転手が気を利かせて輪タクを手配してくれた。
輪タクに乗り朱家角の村に入る。
チロルは、初めての輪タクに乗り大喜び。
(厳密に言うとチロルは、北京で一度、輪タクを経験しているが、記憶にないので本人の実感としては初めて)
村に入って、ウロウロしていると、物乞いのおじさんが早速寄ってきた。
中国の観光地ではよく見る風景。
この時はうまく撒いたがチロルはこの物乞いのおじさんの印象が強烈だったらしく、その後数回、このおじさんに会うと本気で怖がっていた。
記念写真を撮ろうとしても、「早く行こうよ~」と僕の手を引っ張る。
チロルにとっては、13日の金曜日のジェイソンのように見えたに違いない。

朱家角は水郷であるから、船の観光がある。
僕らも観光用の船に乗って水路をめぐる。
明代の建築物の並ぶ田舎の町は、僕が普段過ごす日常とかっきり異なっており、見るだけで癒しになった。
船から下りたあと、ぶらぶらと散策し、家族3人帽子を買った。
安くておしゃれな帽子があったのだ。
そして、水路沿いの店に入りワンタンと豚の角煮の昼食をとり、ゆっくりと過ごした。
タクシーのおじさんと約束していた1時半に村の入り口に帰り、ホテルへ帰った。
午後3時頃にホテルに着き、5時くらいまでゆっくり休む。

夕食はどうしようかと言うことになったが、フランチェスカが中華料理はもう食べたくないと言う。
僕一人フロントに降り、この近辺で中華以外の料理を食べさせるレストランがあるかと聞いたところ、歩いて10分くらいのところにイタリアンレストランあると言う。
じゃあ、行ってみようと思い、フランチェスカに「30分くらい散歩してくる」と言って、ブラブラ出かけた。
言われた道を行くと、なんとびっくりするような美食街があり、しかもスーパーや靴屋、日常雑貨を売っている店もあった。
ここは、観光客が来る様子がなく、地元の人が利用する店ばかりが並んでいる様子だ。
スーパーにぶらっと立ち寄ると、お土産品やお酒、菓子類などが、山積みされていた。
「よし、あとで、フランチェスカとチロルをここへ連れてきて最後のお土産と、我が家へのお土産など探そう」と考える。
例のイタリアンレストランも見つかり、店内を下見した。
結局ホテルに帰ったのは1時間くらい経った後で、フランチェスカが「遅い!」とぶうぶう言っていた。

僕の予定では、すぐにその通りに行く予定だったが、フランチェスカがその前にマッサージに行きたいという。
チロルはチロルで、ナンとか言う人形を取るUFOキャッチャーがやりたいと言う。
予定を少し変更し、まず、チロルの言う人形をゲットしに繁華街のゲームセンターへ行く。
でも、残念ながらチロルの欲しいキャラクターの商品はなく、別の人形に挑戦した。
取らないとチロルが不機嫌になるので、取れるまで5・6回トライしたら取れた。
あ~、ほっとした。
次にフランチェスカの気になっていた桃源郷と言うマッサージ店に行く。
全身マッサージか足つぼか、と選択を要求され全身マッサージをすることにした。
さすがベテランの技術を持ったマッサージ師で、終わった後は体が軽くなった気がした。
店を出て、夕食へ、Saizeriaと言うイタリアンレストランだ。
パスタやピザ、ラムチョップスなと大量に注文する。
まあまあ、の味。
なんとなくイタリア風ファミレスって感じだった。

レストランを出て、スーパーへ。
フランチェスカと僕の両親へのお土産を買う。
お茶やお菓子など。
安っぽいがこれくらいのほうが、持ち帰ったら珍しく喜ばれそうだ。
店の人は、キューリをまるごとかじりながら、店番をしていた。
皮肉のつもりで「おいしいですか?」と聞くと「ええ、おいしい」とくったくのない返事が返ってきた。

ホテルまでの帰り道、ウイグル人の経営するレストランを目にする。
実は、僕が留学時代、北京のある地区でウイグル人の集まる地域があり、そこで同じようなレストランがあった。
当時とても安かったので、僕ら留学生は、お金がなかったせいか、その店の定番、ウイグル風焼きソバをしょっちゅう食べていた。
あの味は、当時の僕にとっては日本では経験したことのない、エスニックな味だった。
今回、その店を見かけた途端、急に懐かしくなり、その店に立ち寄り、そのウイグル風焼きソバを注文する。
ドキドキしながら、食べてみると、「なんだ、これ、トマトソースベースのパスタじゃん」と思った。
20年ぶりくらいに食べたそれは、想像以上に普通の味がした。
僕は想像の中で、相当この料理を美化していたに違いない。
勿論美味しいには違いないが、想像していた美味ではなく、普通の味だった。
例えて言うなら。
少年時代の初恋の人に20年ぶりくらいに、恋焦がれて再会したら、「えっ?こんなつまんない人だったっけ?」と思ったような出来事だった。
もう、これからこの料理を探して食べることはないだろう。

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水郷古鎮 朱家角の町

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心優し彼女の名は Suzie Wong

5月3日

朝はやく起きて、朝食の時間までの間ホテルから外灘(バンド)まで3人で散歩。
それが、せっかくの絶景ポイントである外灘が工事中で入れない。
上海っていつ来ても工事ばっかりしている。
恐らく、2010年の万博へ備えてであろうが、こんな大掛かりな工事を年中できるほど、中国経済は景気がいいのだろうか?と不思議に思う。
仕方がないので、もと来た道をもどり、ホテルへ帰る。
途中写真をいくつか撮る。

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ガーデンブリッジから撮ったブロードウェイマンション

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アスターハウスホテル

朝食会場はすっきりしていて、人も少なく快適だった。
しかしバイキングの種類が少ない。
フランチェスカが、あと2回これを食べるのか・・。と言っていた。

朝食後タクシーで電飾の輝く観光トンネルへ。
チロルが楽しみにしていた観光トンネル。
それをくぐって、東方明珠塔(テレビ搭)を登る。
展望台に行ったが、あいにくの天候で霧がかかり、下界が全く見えない。
仕方ないので、下へ降りようとしたら展望台のある場所に床がガラス張りの部分があった。
そこに立つと、下が丸見えで、まるで宙に浮いているようだ。
高所恐怖症の方はご遠慮ください、と書いてある。
恐る恐る登ると足がすくむ。
フランチェスカは怖いといって立たなかった。
チロルは割りと平気なようだ。

テレビ搭を下りて、また観光トンネルに乗り、今度は豫園へ行く。
タクシーに乗ったが、運転手がかの有名な豫園を知らないという。
それで、こちらが地図を見ながら、誘導しながらやっと着いた。
10分くらいで着くところが40分もかかってしまった。
新手のぼったくりだろうか、と思った。
豫園には中国式庭園があるが、そこが観たいわけではない。
その敷地の中にある、南翔饅頭店で飲茶を食べ、その後、豫園商場でお土産を買う予定。

まず、南翔饅頭店へ・・。
超有名店なので、人が多い。
案内された席は、これまたヒドイ。
団体客が並んでいる真横である。
おまけに相席。
こちらが注文したものが丸見えだ。
しかし、人がジロジロ見ているものの、意外に人の列が壁のような役割を果たし、その部分だけが個室のようになり、思ったよりゆっくり食べられた。
飲茶のセットを3人分頼んだら、食べ切れなかった。

その後、豫園商場へ行く。
今日のうちに買い物を全部済ませようと言う意気込みで挑む。
何千と言うテナントが並ぶので、全部観て廻ることは不可能である。
かねてより、僕なりの効率的な豫園商場での買い物のやり方を考えていた。

ポイント1  買いたい!と思ったものがあれば、その場で買うこと。
  「他も見てから・・」などと考えていたら、同じ商品に巡りあうことは難しい。
  結局、「あそこで買えばよかったね」と言うのがオチだ。

ポイント2 値段の基準
  このような個人でやっている商店での値段はあってないようなもの。
  金額は、自分がいくらなら出せるか、と思う金額が基準と考えてよい。
  交渉で言い値の3分の一まで下がったら大成功と考えてよい。

ポイント3 交渉術
  その方法は、まず欲しいと思ったものの金額を聞く。
  恐らく、外国人と思ったら数倍の金額を言ってくる。
  交渉術としては、例えば、相手が50元と言ったとする。
  でも、自分は10元で買いたいと思ったとする。
  そしたら、その半値の5元から交渉を始めよう。
  「5元でお願い」と言うと、怒って、「じゃあ、45元でどうだ」とか言う話になる。
  そこで、「じゃあ、6元」とこちらも少しずつ金額を上げる。
  相手の金額が「30元」くらいになったら、最終的に希望金額の10元まで上げよう。
  でも、そんな金額には下げてくれないので、希望金額を言った時点で、「じゃあ、いいですぅ」と帰るふりをしよう。
  そしたら、「じゃあ、10元でいいから」とか言うケースになったりする。
  そこで大事なことは、いずれにしてもその店で買うこと。
  自分の希望の金額になれば、それは成功だし。
  相手の最終的な言い値で買うことになれば、その商品はその値段の価値はあると言うことだ。
  いずれにしても損はしない。

そんな、感じで買い物をした。

僕らが、買い物をしていると、チロルも学校の先生とか学童保育の先生とかにお土産を買う!と言い出した。
それで、チロルの学校の先生と学童保育の先生、ピアノの先生とお友達に、刺繍の小銭いれを買う。

途中、茶館で休憩し、また買い物を再回した。
帰り、タクシーがつかまらなくて困った。
帰って、少し休んで、食事へ。

フランチェスカが中華が出来れば食べたくないと言ったので、なるべく中華から遠い(と思われる)しゃぶしゃぶにした。

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豫園にて

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ホテルの窓から見える風景。
前のとがった屋根の建物が夜になると影絵のようになり幻想的で印象に残った。

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水の中のASIAへ

2009上海旅行記

5月2日
朝、早めに起きてバタバタと準備をする。
旅慣れてくると、前日までの準備と言うのが妙にかったるい。
持って行くものは決まっているし、基本パスポートとお金さえあればなんとかなる。
チケットはEチケットと言って、空港渡しだ。
トトとムームを散歩させ、皆車に乗って出発。
途中、トトとムームをペットショップに預け、ガソリンスタンドにより熊本から高速に乗る。

福岡空港国際線に着く。
気になるのは、新型インフルエンザ騒動だ。
僕たち三人はマスクを着用し空港内へ。
でも、マスクをしている人はほとんどいなかった。
空港もすごく緊張感があると言うより、この時期にしては閑散とした感じだった。
荷物検査の列に並んでいたら、TV局のカメラが廻っている。
アナウンサーがしきりとカメラに向かってしゃべっている。
カメラが僕たちの列に近づいてきた。
「あっ!TVに映るかも知れない!」と心の準備をしていた瞬間、カメラは僕たちの前の客を捕らえていた。
今風のカッコイイ高校生とお母さんらしき人の2人、カメラが高校生に話しかける。
確かに、こんなおじさんよりも、若くてカッコイイ高校生のほうがTV映りするよね、とかフランチェスカと話した。

普通に手荷物検査や手続きが終り、中国東方航空の機内へ。
飛行機は30分遅れだ。
席は満員。
途中、軽食が出る。
まあ、まあの味。
チロルはちょこっと食べただけで、もういらないと言う。
残念だったのは、サービスの飲みものでアルコールが青島ビールしかない。
ワインなどなかった。
そうこうしているうちに上海浦東空港へ到着。
上海空港内では、インフルエンザ騒動など、まるでなかった話のように緊張感はゼロだった。

到着口を出てガイドを探していると、ビックリ!
なんと、今回のガイドは3年前に訪れた際のガイドと同じ人だった。
名前は“烏龍茶のウーさん”。
何故烏龍茶のウーさんかと言うと、ウーの感じが烏龍茶の烏と同じだからだ。
ウーさんはフランチェスカのことを覚えていて、「久しぶりー!」と手を取り合って喜んでいる。
今回ビックリしたことの一つだ。
何回も来れば、こんなこともあるんだ。

ウーさんに連れられ、宿泊先の上海銀波ホテルへ到着。
これも3年前に宿泊したホテルだ。
部屋は、前回よりランクが下がった気がした。
でも、窓からの風景が前回よりも良いので、いいこととする。
しばらく、休んで、夕食に出かける。

夕食は、チロルが食べたいといっていた北京ダックにしようと考えて、日本であらかじめ調べておいた。
ネットで検索すると、3件の店がヒットした。
前回行った「燕雲楼」と「超高級ホテル内のレストラン」あともう一つ。
もっとあるに違いないが、ネットで検索できたのは、この3つしかない。
「燕雲楼」は、行ったことあるし、ホテルのレストランでは法外な値段が取られそうだ、じゃあ、もうひとつの所へ行こうとなり、タクシーで出かける。
店はすぐにわかった。
早速北京ダックを注文する。
出てきたダックはそれなりに美味しかったが、なんとなく味噌がイマイチ。
フランチェスカと「燕雲楼」のほうが美味しかったね。と話す。
その他、水餃子や鶏肉とカシューナッツ炒めを食べた。

食事後はホテルに帰って早めに休む。

Cimg0780 Cimg0785 ペキンダックを食べる。

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そしてもう一度夢見るだろう

上海出発の日。
朝からばたばたと準備をする。

トトとムームを今からペットショップに預けて、さあ出発だ。
今回は季節もいいし、楽しみだ。

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MORIOKAと言うその響きがロシア語みたいだった

僕の直属の上司に当たる女性は、毎朝機嫌が悪い。
本当に毎日、機嫌が悪い。
で、午後になり、就業時間が終りに近づくとやたら友好になってくる人だ。
これが、毎日のことだから、なんとも興味深い。
朝はなるべく声をかけないようにしている。
でも、性格が悪いわけではなく、間違ったことは言わないのだが、正しいことも朝方は少々神経質気味。
ただ、話しかけられるのがキライらしく、ムダ口はたたかない。
その辺、僕も人と会話をすることは好きなほうではないので、妙に関係がつりあっている。

昨日は、仕事の合間に男性職員一斉草むしりをを頼まれしぶしぶ引き受けた。
僕にとっては、このような作業は“ムダ”な時間この上ないのだが、僕の後輩にあたる、ある男性職員は、この手のボランティア精神にあふれ、このような作業が楽しくてたまらない様子だ。
1時間だけと言う約束で引き受けたが、その若手男性職員が、張り切って張り切って(ジャージに着替え)頼まれもしない場所の草刈りまでやり出したおかげで、1時間では終わらなくなった。
「ねえ、いつまでやるの?」と言う僕の問いに、「ここがすっきりなったら終わります。そのほうがキレイになりますもんね。」と言う彼、「こりゃ、キリがない」と思う僕。
で、その人をほっといて自分だけ終わった。
この男性は、人間的にはとてもいい人だ。
嫌なことも面倒くさいこともにこやかに引き受ける。
でも、このような人と仕事をすることになったら大変。
その人のペースに巻き込まれないように振舞うのは困難だ。
と言うのは、その手の人は「自分はイイことをしてる」と言う意識があるし、表面だけしか見ない人からは「あの人はいいひとよね~」と言う好感を持つ意見が多数だ。
そのような人がそばにいると、必然的に自分も同じように奉仕をするか、もしくは他人の目など全く気にしないか、いずれかだ。
どちらの選択も結構大変。

それに比べれば、僕の上司のぶっきらぼうな人のほうが、ムダな気を使わなくて済む。
人が良すぎることも場合によっては、公害のように思えることがある。

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