君の家のほうに 流れ星が落ちた
僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る
今頃君は 流れ星くだいて
湯船に浮かべて 僕を待ってる
(宮沢和史 「中央線」 1996)
最近、ほんの少し、仕事が落ち着いて来た気がする。
早起きをして、犬の散歩など出来ると言うことは、気持ちに余裕がある証拠だ。
酒をあまり飲まなくなってから、夜やることがない。
早めに布団に入り、薄暗い部屋で静かな音楽を聴きながらウトウトするのが至福の時だ。
寝る時は、アロマを焚くのも習慣である。
先週買った「ロンドン」と言うアロマオイルの香りが気に入っている。
なんとなく、都会的で爽やかな香りだ。
こうしていると、気持ちが落ち着き精神が安定する上、想像力が豊かになるようだ。
アルファ波が出ているのだろうか?
今日、職場で話したが、今、日本中どこも皆疲れており、やらなければならないことに追いついていない状態のような気がする。
上の立場の者は「あれやれ、これやれ」で下に指示するが、現場で動くものは「おい、ちょっと待ってくれ」とフーフー言っているのは、どの世界でも同じであろう。
「心の病」とか言うと、もうありきたりのような気がするご時世である。
僕が子どもの頃から考えてみると、日本社会も少しずつ変化、と言うか進歩を遂げており、価値観もかなり変わったのではないかと思う。
例えば、“自閉症”や“ダウン症”、“高機能自閉症”など発達障害がある方に対してもここ20年くらいで随分とらえ方が変化したし、それを追うように“うつ病”や“アルコール依存症”、“統合失調症”のような精神障害をわずらう人への偏見も随分なくなったのではないだろうか。
ちょっと話は変わるが、体罰の問題や差別の問題、虐待やDVなども、僕らが子どもの頃に比べると随分、感じ方、とらえ方が変化した。
これらのことを考えてみると、これらの進歩と言うのは、「ひとりの人間としての人格」が尊重されるようになって来たことだな、と思う。
ただ、時代はそれとは逆風で、日本中、依然として疲れた疲れたを連発しているし、介護問題は広がるし、自殺者は増えるし、「あなたの会社はメンタルヘルスはやってますか?」と言われる雰囲気だ。
また、一昔前まで“ポジティブ・シンキング”と言う言葉が流行ったが、今は、「頑張り過ぎないようにしましょう!」と言う世の中だ。
ちなみに僕は昔から“ポジティブ・シンキング”などと言う言葉はキライだったが。
ちなみにフランチェスカは昔から“ポジティブ・シンキング”と言う言葉が好きだったらしい。
彼女はアルフィー&渡辺美里ファンなのだ。
恐らく、現代の日本のこれらの問題は、起こる原因に対して現実の環境がそぐわないことではないかな?
しかし、こんな世の中も、近い将来きっと変わるに違いないと僕は思う。
さっき書いた、発達障害や精神障害や体罰などが淘汰されてきたように、労働環境や社会福祉、それに伴う疲労やストレスの問題や人権の問題も淘汰されるであろう。
いや、そう信じたい。
たとえ会社が傾くようなことがあったって、いいんですよ。
それが必要なときは、そうなるんです。
それよりも、人ひとりの命が犠牲になることのほうが
深刻なことなんです。
今、隣に疲れている人がいたら、こう言ってあげたい。
↓癒しの風景 (2006年に言った済州島の海)
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