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脳死は死か?

6月だと言うのに、さわやかな日が続く。

でも、この天気も今日までのようで、天気予報によると明日は雨のようだ。

一昨日、出張先のホテルでTV見たら、国会で「脳死は人の死」と定めるA案が通過したとのこと。

賛否両論あるが、これが可決されれば、今度は「脳死」における定義が必要になる。

この件と関連があるが、「安楽死・尊厳死」と言う言葉がある。

人間が人間として生きるための倫理観が問われる問題であるが、もし家族が激しい苦痛を伴う病気(且つ治る見込みのない)であったり、生きていることが人間としての尊厳を損なうケースや人間としての機能が果たせないただ心臓が動いているだけのケースだった場合、自分はどのような選択をするのか、今はなかなか想像しがたい。

ただ、僕自身がそのような立場になったら、こう思う。

出来るだけ家族や周りの人に負担をかけたくないと言うこと。

そして、医療の力に頼らなければ、生きられない、と言う選択は避けたいと言うこと。
(治療の一環としての薬物投与や糖尿病などのインシュリンは別だが)

この2点である。

このような状態になったら、積極的は延命治療は避け、可能な限り自分の生命力で生き、そして時が来たら出来る限り自然に去っていきたい。
自分の意思を確認できないような状態になったら、積極的な治療はやめ、提供できる部分があれば提供したいと思う。

多くの人が誤解しているが、僕が思うには、不自然な形で生き延びえると言うのは、その人の生命力と言うより、むしろ医療技術の進歩の結果であると思う。

フォレスト・ガンプと言う映画の中で言っていた。

「“死”は生の一部」であると言うこと。

人は“死”を持って“生”を全うする。

そして、部分的にも自分の中で健康なものがあり、それが人の役に経つのであれば、“身を挺して”、困っている人に提供することも、それはそれで「死にがい」があることのような気がする。

Cimg1032 我が家の庭の野いちご

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