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心に休日をあげましょう

切り替えられない自分の道は

数えきれない言い訳で守られている

荷物を持って振り返ったら

眠れない夜に苛まれ帰れないから

(EPO 「見知らぬ手と手」 1992)

世界のスター、マイケル・ジャクソンが亡くなった。
嘘のような本当の話だ。
マイケル・ジャクソンと言う人物は、僕からすれば、自分自身を実験台にして、一般の人が興味はあるけれど出来ないことを、生きたサンプルのようにやってのけた人だと思う。

そう言った意味では、貴重な人物だったと思う。
不思議なことに、変になればなるほど人間としての羞恥心のようなものは麻痺され、もっと過激に過激になるらしい。
ここまで来ると、世間に対しても自分に対しても“恥ずかしい”などと言う気持ちはなかったに違いない。
何を持って普通と言うか、基準と言うか、ボーダーラインと言うべきかわからないが、そのようなものは超越していた人物だと思う。

同じような人間では、女性のマドンナがいるが、彼女はマイケルとは全く違う。
マドンナは誤解を恐れずに言えば、究極に普通の人だと思う。
その普通さも極限まで追求すれば、普通ではなくなるのが不思議。
彼女はマイケルとは正反対で、万人が考えるストイックさやメンタル性やスピリチュアルな部分を究極まで追求した、超オーガニック人間だと思う。
そこが彼女のすごさだ。

まあ、世界広いのだから、いろんな人がいる。

子どもの頃。
僕も自分が、天才だとか思っていた時期がある。
全く根拠も何もない話であるが、なんとなく、自分は特別だとか思っていた。
今は、ごくごく普通だとは思わないが、それなりに凡人だと思っている。
自分が病気になったり、落ち込んだりするとき、「やっぱ、自分も人間だな~」とか考えたりする。

人間の集まるいろんなコミュニティの中では、得をしたり損をしたり、する人がいたり、また強い人や弱い人がいたりする。
一見、得をしたり自分の意見を曲げない人がいたりする人が、強いように見えるがそれは、錯覚だ。

キレる人は皆弱い。
その原因は、どこにあるのか人それぞれであるが、他人を脅かすような振る舞いをする人の根底にあるのは“不安”や“小心さ”であったりする気がする。
そう言う人に限って、もっと強い人には弱く、やたらと御機嫌を取ったりするものだ。

若い頃にはわからないかも知れないが、人の本当の強さと言うものは、傷つくことを避けることではなく、その痛みにどれだけ耐えられるかと言うこのとのような気がする。

“しなる枝ほど強い”

最近聞いた言葉であるが、本当にそうだな~と思う。
結局、得をするのは人生をかなり経てきた頃だと思う。
ある時になって、自分の歩んできた道を振り返る。
その時になって気づくようなものだ。

人に対しては、できるだけ、優しく接すること、それが自分自信を幸せにする。

これは、最近僕が感じる、ひたひたと打ち寄せるような想いだ。

「弱さ」とは「優しさ」の原石である。

せっかく与えられた命

自分の心は自分で理解してあげようね。

辛い時は、「弱さ」を持ち合う人間同士で

寄り添えば、きっと、大きな波になる。

今、辛い人がいれば、僕はこう言ってあげるだろう。

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