夏のまぼろし
我が家では、夜寝る時、BGMをかける。
いつも聞くのは、ゴンチチと「美しの里」と言う音楽だ。
「美しの里」と言うCDは去年の秋、家族で葉祥明美術館に行った時買ったものだ。
これが、とても良い。
安眠とマインドクリーニングにはもってこいの作品だ。
そのゴンチチと「美しの里」の音楽をミックスしたものを聴いていたのだが、最近僕の趣味で、矢野顕子のピアノ引き語りや小田和正の音楽も取り入れた。
いい音楽だと思ったが、フランチェスカに言わせると「うるさくなった」とのことである。
その中で、矢野顕子が「夏のまぼろし」と言う鈴木祥子の作品をカヴァーしている。
この曲はちょっと聴くとマッタリとした感じなのだが、歌詞をじっくり聴くと悲しい歌だ。
さっきの話と矛盾するようだが、フランチェスカはこの曲が大好きらしい。
なつかしいあの場所で
笑って手を振るのは
半分も生きないで
夏とともに逝った人
全てを燃やし尽くすほど
今は生きていたいと思う
もしもたったひとつでも
できることがあるなら
だからここに座って歌っていよう
ちょうど小さなてのひらに
包めるくらいの歌を
(鈴木祥子「夏のまぼろし」 1990)
考えてみれば、フランチェスカの仕事関係の人で、僕も知り合いだった人が他界して、もうすぐ1年になる。お盆の頃だった。
35歳と言う若さだった。
とてもパワフルな人だっただけに、訃報を聞いた時は意外だった。
死に直面すると、生きていることに感謝しなければ、と思う。
でも、すぐに日常に紛れて忘れてしまうものだ。
人の人生は儚いが、それを受け止める人の心も儚い。
今の歳になって思うことは、生きていくことは、もう、それだけで貴い。
頑張らなくてもいいんだよ。
無茶しなくてもいいんだよ。
高い目標を持つことで、自分を見失ったり
周りの人を傷つけるより、
今あるモノを大切にしようよ。
今、もし近くに辛い人がいたら、こんな風に言ってあげたいと思う。
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